【特集】1st story_おうむ返し
「ゆきちゃん、CaSyさんが来るとうれしいの。ママもパパもニコニコするんだよ」
私がリビングの床を拭きあげていると、3歳のゆきちゃんがつつっと近寄ってきて、ナイショ話をするように耳打ちした。
「本当ですか?ありがとうございます。私もゆきちゃんに会えてうれしいですよ」
その仕草が可愛いのはもちろんだけれど、ナイショ話の内容もうれしくて、思わず笑顔がこぼれてしまう。
家事代行のキャストとして定期的にゆきちゃんのお家に来るようになって、3ヶ月がたった。最初ははにかんで隠れていたゆきちゃんも、今ではすっかり懐いてくれている。
「ゆきちゃん、CaSyさん大好き!」
「まぁ、ありがとうございます!私もゆきちゃんが大好きですよ」
我ながら、おうむ返しだなと思う。でも私は本当に、ゆきちゃんやその家族に会えてうれしいし、大好きなのだ。
「CaSyさ〜ん!ありがとう〜!また来てね〜!」
玄関先でゆきちゃんが小さな体を全部使って手を振ってくれている。そのうしろで微笑んでいるのは、ゆきちゃんのお母さん。再来月に出産を控えた妊婦さんだ。
「こちらこそ、ありがとうございます。また来週に来ますね」
あ、またおうむ返し。そう思いながらも手を振り返し、私はゆきちゃんのお家を後にした。頭の中では、次回以降のサービスに思いを巡らせ、お母さんの出産までに済ませておきたいお掃除箇所をリストアップしていく。
まずはお掃除が大変な水回りを徹底的にキレイにしておこう。大きなお腹じゃ、お風呂掃除は大変だもの。できるだけ簡単にできるようにしておかなくちゃ。あとは寝室の整理とお掃除だな。産後はベビーベッドを寝室に置くとおっしゃっていたものね。
「ゆきちゃんね、赤ちゃん産まれるの、とーっても楽しみなんだ」
小さな小さな“お姉さん”の顔が思い浮かぶ。
「CaSyさんも楽しみ?」
「はい、とっても楽しみです!」
私はゆきちゃんの家族ではない。けれど、こうして新しい家族を待ち望んでいる姿を、心から応援したいと思ってしまう。
専業主婦として15年。どんなにお家をキレイにしても、おいしいご飯を作っても「ありがとう」と言われることは少なくて。次第に私は、
「お部屋の掃除しておいたよ」
「今日のお弁当、どうだった?」
と言葉にするようになってしまった。そうすれば、「ありがとう」とか「おいしかったよ」が返ってくるから。でも、それって本当に感謝されているのだろうかと思っていた。言わせているんじゃないのかな、って。
けれど、CaSyの仕事は、ちょっと違う。
ゆきちゃんのオモチャを触らせてくれてありがとう。
赤ちゃんの産着のお洗濯をさせてくれてありがとう。
新しい家族が増える素敵な時間を、一緒に準備させてくれてありがとう。
すべて本当に思っていること、だから。ゆきちゃんに「ありがとう」と言われると、「こちらこそ、ありがとう」と思う。だから、私はおうむ返しになってしまうのだ。
そこまで考えて、ふと私の家族の顔が思い浮かぶ。「部屋の掃除、ありがとう」って言う時に笑顔だったなぁって。もしかしたら、本当に感謝、されているのかしら。
ゆきちゃんのお家にも、私のお家にも、それぞれに暮らしがある。どっちも大切で、かけがえのない日常なのだ。私がいなかったら、回らないかもって、思ってもいい?
「CaSyさん、いつもありがとう」
「ゆきちゃん、こちらこそ、いつもありがとうございます」
本当に本当に、そう思っている。
だから、私はいつもおうむ返しになってしまう。
credo 1
「こちらこそありがとう」をあなたに伝えるために私たちが生み出しているものは、お客様のほっとする時間。ゆとり、安らぎ。
大切な暮らしを、私に任せてくれてありがとう。
「ありがとう」に生かされて、自分が誰かに感謝される存在であることを自覚する。
photo/PIXTA
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体等には一切関係ありません。
【特集:これがCaSyのキモチです。】
その他のお話は、こちらから読めます!
・1st story_おうむ返し
・2nd story_魔法使い
・3rd story_天職
・4th story_癖
・5th story_僕のうちの平和
・6th story_未来を創るのは
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