あなたの教育法は大丈夫?後で後悔しないために……
「子どもの教育」に興味をおもちのママは多いと思います。中学生の長男に始まり、小学校6年の長女、3年の次男をもつ筆者は約15年の子育てのなかで「教育」という点で試行錯誤してきました。今回は、そのなかでやってよかった、やっておけばよかったというポイントをご紹介したいと思います。
やってよかった、読み聞かせのシャワー
第一子、長男が産まれたとき、初めての子育てでわからないことだらけでしたが子どもとの時間が楽しくてしかたなかったので、四六時中子どもにかまっていました。そのなかでも、毎日の絵本の読み聞かせはたっぷりと時間をとっておりました。
毎日お風呂が終わって落ち着いてから、布団の上でのたっぷり1時間くらいの読み聞かせ。
本屋や図書館には散歩の度に連れて行き、図書館では10冊まで借りることができるので毎回10冊、2週間に1回交換するという習慣がなんとなくついていました。
1ヶ月に20冊、1年で240冊、それを積み重ねて3歳すぎで720冊という計算をしていてその量を読み聞かせた子どもと、そうでない子どもは必ず違いがでるはずだと思っていました。
下の子どもにいく程、親の怠慢でその数は減り、根拠はないのですが、その量の差があるのかなと思うことがよくあります。言葉の数や理解力が明らかに違うのです。
国語や言葉は、全ての学力の根本になります。算数、英語などの問題も言葉を理解したり表現できないと回答できません。読み聞かせが全て影響したとは思いませんがやってよかったということの一つです。
やっておけばよかった、生活への関心をもたせること
長男の中学受験を終えて反省したことなのですが、社会や理科の根本は小さい頃からの生活に落とした「生活レベルへの関心」であることでした。
例えば、理科の問題ででる、「植物」に関しても、理科の問題集でわざわざ覚えることより、小さい頃からお散歩途中など、各季節で美しくなる木の葉や木の実、花などを一緒に手にとる経験などで記憶にあれば、わざわざ「暗記」をしなくても済むのです。見たことも聞いたこともないものを本だけで沢山暗記するのは大変なのです。
理科の植物の問題に出てきた「なんてん」。お正月飾りのなかでもみかけますが、それがあるとき、長男の理科の問題集にでたのです。「なんてん」という植物を子どもは認識をしておらず、当然わかりません。それは「暗記」するという勉強になりました。
小6の娘には、お正月飾りの手伝いをさせており、それが記憶にあるため、散歩でみかけても覚えている。つまり、それは紙の上でのわざわざ暗記することではないのです。
また、スーパーにお買い物に行ったときに、季節の野菜や果物を手に取りながら、「スイカがでてきたから夏にむかっているねえ」とか「春は大きなみかんがおいしいのよ」とかそういう小さな会話から生活への関心をもたせるきっかけを作ること。
次男にはそういったところから始まり、現在は、大好きな餃子をスーパーでみかけたときなど「餃子の有名なところは?」「宇都宮がある県は」みたいなクイズをしながらお買い物をしています。
まとめ
「子どもをこんな風に育てたい」子どもをもった瞬間から始まりますよね。スポーツを得意にしたいとか、勉強を得意にしたいとか、それぞれあると思いますが、筆者が15年の子育てで思うことは、家庭での日頃のやり取りが全てのベースになっているのだということです。スポーツにしても、勉強にしても、親が関心をもって子どもをそれとなく誘導し、やらせるのではなく、一緒に取り組むことが重要であったと痛感します。
それも、小さい頃から根気よく。子どもに勉強をしてもらうには、結局親の関心とひと手間だということでした。
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